人の重さを持つ・抽象版(境界のワーク)

エア介助を途中にしておきながら、また違うことを書こうとしております。
自分のためにもこれを書いといたほうがいいよとここ最近の偶然がささやくので、SNSにリンクはしないけど書いておきます。

いろんな経緯を全部すっとばしますが、人間関係で困ったことになったとき、私が現在一番信頼している方法について。困ったことの中でも善意からでた困ったことに特にお勧めです(誰も悪くないのに私はつらい、ってやつ)。

1 問題をまな板に載せます。
2 問題を良く眺めます。
3 問題の所属を切り分けます。
4 自分の問題は持って帰ります。
5 人の問題はその人に返します。っていうか、私は自分のものではないその人の問題をその人に返します、と決めます。

以上です。簡単。
3が良くわからないかもしれませんが、問題のうちの問題だと感じている部分の主語を私にしてひたすら挙げていき、その中で自分のじゃないことは自分のじゃないやと気づこうね、ということです。
たとえば、「私はあの人が私をこう思っていることがとてもつらい」
これ、私のじゃないです。あの人がこう思っているというのは妄想です。キネステで言うと重さを感じているのは相手じゃなくて自分です。相手の重さは自分ではわかりません。
言い換えましょう、「私はあの人が私をこう思っているのではないかと自分が思っていることがつらい」。
この場合、自分が思ってることが自分をつらくさせてますね。やめればつらくないです。以上。
相手が誰をどう思っていようが、それはその人の荷物です。巻き込まれるのが好きなら巻き込まれればいいですが、それが嫌なら好き好んで巻き込まれにいくことはありません(好き好んでいった時点でそれは行った人の荷物になります)。
相手のことは、相手に任せましょう。善意から出たものでも、他人の荷物に関わるのは人の重さを引き受けるのと同じことになります。

そうしていつか腰が痛くなったとしても、それは持った側が誰かの重さを代わりに持ったからなのです。


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