地面がないとき、どう動く?・1 猿之助と蔵之介(と、海老蔵:敬称略)

「私たちはこの地球上で肉体を持って生きているので」と、時々キネステのコースで言っております。一見スピリチュアルな意味合いにも聞こえそうですが、コースで言う場合、現実問題としての表現で使っております。
現実問題での表現とは、私たちが動くとき、その大半は支持面の上で重力を受けながら動いている、ということです。今回はそういう話、その1です。

 

突然ですが、私はおそらく世の中の平均的な人よりも歌舞伎が好きです。それは現在の職場が歌舞伎座に近いとか関係なく、昔からなのですが、その辺の経緯は書き始めると延々と続くのと、今回関係ないので略します。
で、今月とある歌舞伎で宙乗りを見ました。
宙乗りとは、主に歌舞伎において役者さんがワイヤーで吊られて宙に浮き、場合によってはそのまま空中を移動して三階席の上の方に入り、その後多分三階の廊下を走っているんだろうなあ大変だなあと観客に想像させたりさせなかったりすること、です。
結構な大技なので、宙乗りのある舞台は一年にせいぜい三回くらいしか上演されません。できる劇場も限られます。

 

当代で宙乗りといえば、猿之助さんです。私にしては珍しく断言ですが、おそらく異論のある人はいないのではないかと思います。
猿之助さんは宙乗りのときに、ワイヤーで吊るされているはずなのに、吊るされているとは思えない動きをなさいます。具体的にいうと、地面にいるのと変わらない演技、地面にいるのと遜色ない動きをされます。
それがあまりに自然すぎて、観客は舞台上でのお芝居からの流れにほぼ違和感を感じないで見ることができます。狐が飛べば狐が霊力で飛んでいるように見え、法具の神通力で飛べば神通力で飛んでいるように見えます。すごい。

すごいって、どこがすごいのか。

どこがすごいか、普通の人が飛んだときに、そのすごさがわかるのですね。昨年、猿之助さんが襲名後初のスーパー歌舞伎をなさいまして、佐々木蔵之介さんがゲストで準主役をなさいました。スーパーでスペクタクルな舞台で、とても楽しく拝見したのですが、中でもお二人で宙乗りをする場面は興味深かったです・・・純粋な観劇と違う、人が空中で動くという意味で。
そのときの蔵之介さんの様子、役者さんですから身体を鍛えていらっしゃるでしょうし、宙乗りの稽古もされたのでしょうが、それでもほぼ、吊られることでいっぱいいっぱいな感じ。それに対して猿之助さんは例のごとくあなたほんとに吊られてますか?もしや自分で飛んでますか?という風で、空中でも地上とあまり変わりなくお芝居されてました。
あー、普通はこうだよね。蔵之介さんは挙動不審だけど、吊られてる人の反応としてはぜんぜん不審じゃない。むしろ不審なのは吊られていながら普通に見える猿之助さんだよー。
宙乗りしていても、地球上に居ることに変わりはないのですから、重力はかかっているわけです。重力がある≒体の重さがあるので、浮いてても宇宙空間で動くように動けるわけではありません。ですが、吊られているのですから、動くときに重さを流す支持面がありません。どこも押さずに自分の筋力だけで動くって、大変なことです。

大変大変って、どのくらい大変なのか?

試してみたい人は、宙乗りを・・・するのは普通むずかしいですよね。
でも、試す方法、ありますよー。
というわけで、宙乗りみたいに支持面なしで動くのは大変!!という話は、またもや次回に続きます・・・。

 

以下余談です。

今月宙乗りを見たのは、演舞場での海老蔵さんです。浮かび上がるんじゃなくて空中から降りてくるのがさすが金田一少年の事件簿的な舞台でした(?)。
そして海老蔵さんは身体でなく主に表情で普通の人には無理レベルの演技をなさってました。にらまれると寿命が延びるといわれている成田屋さんのにらみ炸裂。にらみビームで場内は焼き尽くされ、もうめっちゃ寿命伸びまくりました。
で、今回も思ったのですが、海老蔵さんは私にとっては歌舞伎界のキムタク。木村拓哉さんが何をやってもキムタクなように、海老蔵さんは何をやっても海老蔵かもしれません。
が、いいのです、あの姿があれば(宮沢りえちゃんと現代劇やった時そう思った)。
いいのです、なんならあの目玉があれば。

とうことで、お父様と比べてなんやかや言われる海老蔵さんですが、個人的にはあの姿だけでもう十分です。末永いご活躍をお祈りしたいと思います。

 

歌舞伎座、建設中

歌舞伎座、建設中(2012.11)

 


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